1月 騎馬演習祭と独立記念日祭典
昔ミャンマーの王達は戦争で頼りになる騎兵を大切にしていました。騎兵演習で戦争に行く騎兵の技術をみる祭を開いていました。ミャンマーでは37の馬の乗り方があると言われています。王を前に騎兵達は様々な能力を披露します。騎兵は馬に乗りながら的に槍をえたり、バナナの木の上に水いっぱいの壺を置き、この水がこぼれないよう切り刻むという技術を披露したり、様々な馬の乗り方披露したりしました。優秀な人物には金や布などの賞品として王女自身が手渡しました。
現在も昔のまま乗馬から的に槍をえる騎馬演習祭が広大におこなわれています。
以前、独立記念日は軍事パレードを行ってきましたが、現在はこのパレードは軍の日に行われているため、この独立記念日に国旗を揚げるお祝いだけ行います。国からこの独立記念日に称号を与えられたリストを発表し、その夜国会で記念パーティーを行います。
この日は各国ミャンマー大使館でも記念式典が行われます。

2月 タマネ祭
(タマネとは蒸した餅米にヤシの実、ゴマ、落花生などを加えてつぶした食べ物)
おかゆは僧侶の朝食としてよく用いられます。おかゆの効用は経蔵にも書いてあります。昔の王朝時代からおかゆの代わりとしてタマネを使用しこれを祭にしてきました。
農夫たちも刈り入れが終わり新米が入る時期です。村の人もタマネを競い合い、それをパゴダに供え、隣人にも配ります。タマネは餅米をベースにゴメヤシの実、落花生を大きな鍋で炒めます。混ぜるのは大変ですが、これを皆で競い合います。
タマネ祭はただのお布施ではなく男女楽しむ社会的お祭りです。女性はタマネを包むためのバナナの葉をきれいにしたり、男性はヤシの実を割ったり、混ぜ合わしたりします。出来上がったタマネは皆で食べ楽しみます。またこれを機会に恋いが生まれることもあります。
タマネ祭は歌を歌ったり、踊ったりし、パゴダでタマネ作りを競い合ったりもします。味や早さなどを競い合い、賞品が与えられたりもします。
また、たき火をパゴダにお布施する祭もあります。昔、パゴダの前には囲炉裏があり火を供えその周りで踊る習慣がありました。この時期は寒い時期なので暖まるという意味でもこの祭が行われると言われています。
3月 テポンザーテ祭
この月はテポンザーテ祭とその他多くのパゴダでお祭りがあります。多くのパゴダでは一年に一回まとめて祭を行います。例えば、ヤンゴンのシュエダゴンパゴダ祭はこの3月の満月の日に行われます。
村に住んでる人たちは農夫が多い。3月は仕事が終わる時期で収穫後の収入も入りパゴダ祭を自分たちの手で行います。パゴダまでは自分の家から遠いため、乾期で干え上がった川で砂を利用し自らパゴダを作ります。
パゴダ祭は各地方から来た人々も加わり、また屋台も数多く出非常に賑やかに行われます。村人たちは地方から出てきて、収穫品を販売し、そのお金で農業関係の他、衣服や針など一年分を購入します。屋台の人々は様々なパゴダ祭に行くため一年中全国を練り歩いてます。パゴダ祭では劇やあやつりショーなどのアトラクションも行われます。地方では映画やステージを作って歌を歌ったりもします。広い砂場では子供達が楽しく遊んでいます。今有名なパガンのシュエジゴン・パゴダなどは昔は砂場で作ったパゴダでした。
4月 水かけ祭り(ティンジャン)
水祭りミャンマー暦に従った新年に先だって行う伝統的行事な祭りです。元旦は毎年異なります。というのはミャンマー暦は月の満ち欠けにより決められるからです。例えば1999年でしたら元旦は4月17日で水祭りは4月13日から始まりました。
当日、一般のミャンマー人達はお布施の他、様々な功徳になることを行い、水をかけて新年を迎える準備をします。今ではびしょ濡れになるまで水をかけますが、パゴダに向かう老人や妊婦、お坊さんには水をかけません。
水祭りの間中、装飾された車や自家用車で町中を回って水をかけたりかけられたりする人たちもあれば、ステージを作って水をかけ合う人たちもいる。またそうしたステージでは何かご馳走して客を歓待する。
水を掛け合うということは、人の気持ちと忍耐を表します。その伝統はパガン時代からありました。水を掛けるということは水は涼しい、汚物を洗い流し、そして差異はないなどの特徴がありそれぞれの気持ちを表すという意味を含めています。
元旦に功徳をつむということで、仏像を水できれいに洗ったり、老人、祖父母、両親に洗髪してあげたり、爪を切ってあげたり、プレゼントしてあげたり、またパゴダや寺などの掃除をしたり殺される運命にある生き物を自由にしてあげたりします。
5月 菩提樹に聖水をふりかける式典
(ニャウン・イエ・トン・ポエ)
仏教徒であるミャンマー人は菩提樹を大切にしています。菩提樹は成仏するところであり、仏陀の象徴として崇められている。
毎年5月の満月の日に菩提樹に水を注ぎます。これを仏陀の日と呼んでいます。この日朝早く町の少女たちは水いっぱいの壺を持って、菩提樹のあるパゴダに向かいます。そこには演奏や舞踏が繰り広げられています。ある人はナッ神(神教)の服装をしています。これはナッ神達も菩提樹に聖水をふりかける式典に参加するということを表しています。当日は僧侶たちもお経を読み、菩提樹を基本に香りのある水をそそぎお祈りします。菩提樹に祈るということは同時に仏陀に祈っているということを表わします。
菩提樹は当日きれいに掃除されフェンスをしたりなどして動物から守ります。菩提樹にこの日参ると功徳をつくと皆信じています。
6月 試験祭り(サートー・ピャン・ポエ)
このお祭りには仏教を支える行動の中で僧侶にお経の勉強をすすめる意味も含まれます。
昔、ミャンマー王朝時代から宮殿で僧侶にお経の口頭試験と筆記試験を王の主催で広大に行われました。現代もこの試験を全国で広大に行い首都ヤンゴンで全国を勝ち抜いた僧侶が競い合います。
この試験では初級コース、中級コース、上級コースの他、各コースの優勝者を競い合います。賞をもらった尼や僧侶には記章と賞品が授与されます。授賞式は盛大に行われ、また同時にお布施も集められます。
合格者は皆から尊敬され、また少年たちも少年用の試験が用意されており同じように賞品がもらえます。
王朝時代から受験者には皇族の服装を着せ、それが少年の関心を持ち試験を受けようという気持ちにさせてきました。
現代でもこの行事は非常に大切にされています。
7月 得度式祭り(ポジン・カン・ポエ)
得度式は普段でも行われますが持戒期間に入るこの時期に祭りとして行う習慣があります。仏教徒の男子は7歳になると見習い僧に、20歳に成ると僧侶になります。僧侶になることはほかのどんな功徳よりも尊いと信じられています。
得度式祭りで僧になる人は20歳以上でなければならず、最低5名の僧侶が必要でそのなかの一名が首領となり、その僧侶をウピ・ザエー・サラーと呼びます。見習い僧もしくは僧侶になるにも托鉢用鉢、袈裟、帯、剃刀などが必要になります。
僧になるには、とりあえず見習い僧になって、それから式壇に入って僧侶になります。見習い僧は三帰依文を正しいアクセントで読まなければならない。得度式を朝早くから得度直前の予定者を見せ歩きナッ神に見せたりします。演奏とごちそうで客を歓待して僧侶達に昼御飯を捧げます。
親は子供が僧になることを誇りに思います。式壇に入る時、僧になる人に「本当に人間ですか?」「俗世間に未練はないですか?」「本当に男性ですか?」「親と妻は了承してますか?」「借金がありますか?」などの質問をし、この答えを聞き受け僧侶に昇進させます。
僧侶になって227ある規則を守り、よかったら一生僧侶ではなく最低3日で還俗することができます。(平均は1週間)
8月 くじ引き祭り(サーイエー・タンメ・ポエ)
このお祭りはくじ引きで僧侶を招き寄付できるというお祭りです。どの僧侶に寄付できるかはくじ引き次第、運次第です。
昔はくじを引くため竹で作ったちいさい棒に印をつけそれを当たりとしてくじを行っていました。現在は紙でナンバーを書き、いったん混ぜ合わせ当たりクジを取ります。当たればその僧侶もしくは寺にお布施をすることができます。クジに当たりお布施をすると実際の宝くじにもあたると信じる人もいます。
ある有名な僧侶が当たれば、その僧侶にお布施したいためその権利をお金で買いたがる人もいますが、通常はその権利はだれも売りたがりません。
このくじ引きは身分も地位も貧富の差も関係なく行われるため、皆楽しみにしています。
9月 ボート祭り (レー・ポエ・ダビン)
ミャンマー王朝時代から王自ら式典に出て、イラワジ川で行われてきました。ミャンマーの人々は船を漕ぐのが得意で37種類のこぎ方があると言われています。船を漕ぐには体力が必要で体が丈夫でないと参加できません。昔の船を漕ぐ人々の服装は金色の帽子に服装は赤で獅子のように勇ましい姿で参加していたと言われています。
船を漕ぐ人たちは一致団結、丈夫な体、犠牲心、努力と協力運営が必要です。現在はロイヤル湖で毎年盛大に行われています。現在は14の州・管区から選ばれた代表チームが競い合います。優勝チームには賞金、カップと賞品が送られます。湖の周りはライトアップされ、歌手、芸術家、俳優たちが集まり、テレビでも生中継されます。またレストランや食べ物屋が立ち並びます。
最も面白いのはライトで飾った連合船でミャンマーの主な民族の衣装を着飾り漕ぐ船で、これは車にのせ町中にも練り歩きます。
伝統的な競艇とともに現代的な競艇も行われるこの祭りは、昔のミャンマー王朝時代の出陣する姿を豪勢にみせたことから始まったと言われています。
10月 火祭り(ダディンジュ)
一年に一回神が地上に戻ってくるこの日を市民は大小の火で出迎えます。これは約2570年前に始まったと言われています。この日は雨安吾明けの日でもあり(雨安吾期間は結婚禁止)この時期は親、祖父母、老人を敬う時期でもあります。家々できれいに装飾し明かりをつけこの日を祝います。一般のミャンマー人達は家でお菓子を作り近所の人に配ったりします。人々はフルーツ、ごはん、おかしを供えます。パゴダ周辺には花も咲き、そして様々な屋台も建ち並びます。また花火も見られます。地方の都市タウンジーでは風船祭りというのも行われます。
また、この日は雨期が終わり乾期に入ったという境の日でもあります。
11月 様々な祭りのある月
この月は僧侶に袈裟をお布施する祭、夜間袈裟を織る祭、七夕祭、再火祭などがあり、これらは乾期に入り気候が安定するということもあり、この時期に行われます。袈裟をお布施する祭では、お布施された僧侶は不思議な力がつくと言われています。また、袈裟を満月の夜に織られる袈裟祭は各パゴダで満月のイブにスタートし一夜で袈裟を織り上げます。夜明けになればパゴダで仏像にお祝いで供えます。またこの日織物コンテストもあり、受賞者には賞品も出ます。一生懸命努力しお布施するのだから大変な功徳に成ると信じられています。
七夕祭りはこの満月の日のイブ、当日、翌日と3日間行われます。家々でカラーライトがつけられ、気候も良いので盛り上がります。当日のステージではあやつり人形ショーなどもあります。収穫祭も行われます。
12月 文芸の記念祭とヒンドゥー教の祭り
昔からヒンドゥー教の神を礼拝する祭りは12月に行われてきました。ブラフマンのよりダラビデン神の信仰が王宮に入ったとされ、これが精霊神の祭りとして伝統行事になりました。ただ、現在はこの伝統行事はあまり重要視されていません。
現代の祭りとして文芸の記念祭りがあります。ミャンマーにて文芸組織が1939年に作られ、1944年から文芸者たちに称号を与える日として記念日が作られました。
当日は全国で講演会や集会、文芸コンテストなどが行われます。この講演会では読者と直接話をする機会などがあります。現在では国民文学賞の授与式もこの日に行われます。文芸の日は全国の文芸家だけでなく、文学に興味がある国民にとっても興味深い日です。
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